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CTO倉持対談 Tech Crawling #2〜人も会社もシステムも、成長するために必要なことは「安定的に不安定」であること〜

ラックの最高技術責任者(CTO)である倉持が、新しい技術を求めてさまよい歩き、今の技術トレンドについて紹介する対談企画「CTO倉持のTech Crawling」。連載2回目は、Scrum Boot Campでお世話になっている株式会社アトラクタの創業者でありCEOの原田 騎郎はらだ きろう氏にご登場いただき、ソフトウェア開発やプロジェクト管理に関するお話を伺いました。

(左から)ラック CTO 倉持 浩明、株式会社アトラクタ CEO 原田 騎郎氏
(左から)ラック CTO 倉持 浩明、株式会社アトラクタ CEO 原田 騎郎氏

原田 騎郎 プロフィール

株式会社アトラクタ Founder 兼 CEO
アジャイルコーチ、ドメインモデラ、サプライチェーンコンサルタント。認定スクラムプロフェッショナル。外資系消費財メーカーの研究開発を経て、2004年よりスクラムによる開発を実践。ソフトウェアのユーザーの業務、ソフトウェア開発・運用の業務の両方を、より楽に安全にする改善に取り組んでいる。

化学が大好きだったのに、気が付いたらシステム屋に

工場や発電施設のような機械を制御するシステム(Operation Technology)から、科学技術計算や情報処理(Information Technology)にコンピュータの利用が拡大し、今ではネットワークにあらゆるデバイスが接続されることを前提とした、デジタルトランスフォーメーションの時代となりました。

この激変するIT業界で、黎明期から現在まで最先端を走り続けているのが、今回の「CTO倉持のTech Crawling」に登場いただく原田さんです。

倉持:原田さんと知り合ったきっかけは、某大学との産学共同研究のときでしたね。当時アジャイル開発で進めようとしたときに、御社で活躍されている吉羽さんにご支援いただきましたが、そのつながりで原田さんと知り合えたのですよね。

原田:そうでしたね。大学生が取り組むシステム開発っていろいろと課題が発生しますよね。一番の課題は、システム開発が楽しすぎることです(笑)。ああでもないこうでもないと、作って壊してを繰り返すことが楽しくて、なかなか成果にたどりつかないことが多いわけですが、この課題解決に効果的なのがアジャイル開発ですよね。

倉持:原田さんは、もともとシステム屋だったのですか?

原田:私はもともと化学屋なのです。大学では量子化学を専攻し、P&Gジャパンで研究開発部門にいたのですが、日本での研究開発を廃止したことをきっかけに製造業の工場勤務に転身しました。私が本当に好きだったのは工場で機械など「モノが動く現場」だったのです。

株式会社アトラクタ CEO 原田 騎郎氏

ある時工場に生産管理システムを導入することになり、大手のシステムインテグレーター(SIer)さんに協力してもらったのですが、プロジェクトマネジメントの問題でかなり炎上しました(笑)。
で、悔しいのでシステム開発を学ぼうとSI企業に転職しました。

倉持:社会人をIT業界で始め、気が付いたらエンドユーザー企業で働いていた方は結構いますが、その逆とは驚きました(笑)。

石橋を叩きすぎて壊すくらいの臆病

原田:SI企業では、プロジェクトマネージャとして仕事をしましたが、当時はウォーターフォール開発が当たり前でした。ウォーターフォールで問題となるのは、工数超過による赤字プロジェクト化です。システムができあがるまでの一切をプロジェクト初期に見積もるわけですから、開発の過程で様々な誤差が生まれ、予定が乖離していきます。

ラック CTO 倉持 浩明

倉持:そうですね、多くのプロジェクトでは新しい技術やこれまでに経験していない課題解決に取り組むわけですから、順調に進めないことを前提とした見積もりが行われていれば良いわけですが、事はそんなに簡単ではないですよね。

原田:はい。しかし、自慢じゃないですが私はこれまでのウォーターフォール開発のプロジェクトにおいても、赤字を出したことは無いのです。なぜかというと、徹底したリスク対策を行っているからです。私の基礎になっている化学の分野は、まさにリスクをマネジメントしなければ人命にかかわる領域なのです。

倉持:プロジェクト開発におけるリスクマネジメントとはどういった内容ですか?

原田:簡単に言うと予算と期間と技術的課題をもとに、確実に実現可能なラインを目指すべきゴールを設定する、ということです。お客様は実現したいゴールがあることでしょう。しかし、予算、期間、技術的課題というリスク要因を事前に徹底的に洗い出し、確実にできるラインをお客様と合意することが必要です。

倉持:私も大小多くのプロジェクトをリードしてきましたが、大きなプロジェクトこそ仕様変更の頻度が高く、ゴールが揺らいでしまう傾向にあると思います。仕様変更などでプロジェクトが右往左往しないよう、小さなゴールを積み上げることが確実なプロジェクトの進行につながりますし、その過程でイノベーションも発生しやすくなると思っています。

原田:そうだと思います。私はいわゆる石橋を叩いて叩き壊すタイプの人間です。だから、リスクが残存している状態でお仕事をお受けするのは躊躇します。はるか先のゴールを見据えるのではなく、優先順位を精査して確実に到達できるゴールを目指します。その時はわかりませんでしたが、これがアジャイル開発を志向する原因なのかなと思います。

ラック CTO 倉持 浩明と株式会社アトラクタ CEO 原田 騎郎氏

忖度がプロジェクトを危うくする

倉持:なるほど、アジャイル開発を知る前に、独自にアジャイルな考え方を身に付けていたと(笑)。原田さんとアジャイル開発の関わりはどのようなものでしたか?

原田:先にお話したように、私は元来臆病な性格なのですが、それでも数々の炎上を経験してきています。炎上の原因は計画時の見積もりの甘さとかプロジェクトの進捗の管理にあるわけですが、システム開発のように大きな工程を小さく管理する方法としてスクラム(反復型開発手法を後述するケン・シュエイバー氏が体系化させたもの)が向いていると思いました。

株式会社アトラクタ CEO 原田 騎郎氏

CCPM(Critical Chain Project Management)も良いですが、私はプロジェクトマネジメントの教育の手間を考えるとスクラムが良いと思っています。

倉持:わかります。以前から請負開発をしていて考えていたのは、エンジニアが疲弊してしまうようなシステム開発の在り方です。半年の間、進捗が無いプロジェクトがあり、チーム全員で初心に戻りお客様のシステムに対するイメージを明確にとらえて再始動したところ、一気に開発が進んだ経験があります。

原田:そうなのです。お客様と明確なゴールを共有することは大変重要です。私は、システム開発で工数が膨れ上がりコントロールを失う原因は、「忖度」にあると思っています。システムというものは、生き物です。どのような生き物に育てたいかは、利用するエンドユーザーだけが決められるものです。しかしエンドユーザーの中には、どのようなシステムにしたいのか明確に決められない方がいます。そこで発生するのが「忖度」です。開発者はゴールが見えないままそれぞれの忖度で開発内容を拡大していく。全員を喜ばせようとして、全員を失望させる結果になるのです。

倉持:声の大きい人の言うことだけを重視して突き進むと、最後になって「アレ、なんでこんな機能にしたんだっけ」となる経験がありますね(笑)。

原田:はい、私はウォーターフォール開発を否定しませんが、リスクが高まる理由として本当にユーザーが欲しかった機能かどうかが最後に判明することにあると思っています。

アジャイル開発の発想は真逆で、短い間隔で小さなゴールを積み重ねていきます。必要なものだけを厳選していくことでわかることは、本題の設計にあった6割の機能は必要がなくなるということです。ですので、必然的にアジャイル開発とは開発しないものを決めていく開発手法と言えるでしょう。ウォーターフォール開発でも、開発前にシステムを熟知していれば機能を厳選させることはできますが、実際には難しいでしょう。

株式会社アトラクタ CEO 原田 騎郎氏

倉持:優先順位を設定して、期限内で開発できる内容に絞って機能を組み上げていくなら、必要のない機能は確かに後回しになり淘汰されますね。なぜこの開発手法が生まれたのでしょう。

原田:アジャイル開発を駆動するスクラムという手法がありますが、スクラムの一部はトヨタ自動車のノウハウで、いわゆる「カイゼン」です。前にお話ししましたが、私は製造業の工場で働いていました。工場のラインというものは、実は常に改良をし続けています。故障も発生するし、加工精度を高める、歩留まりを高めるなどのカイゼンです。システム開発も同じで、開発するシステムを常に改良し続け変化させることが必要なのです。

ラック CTO 倉持 浩明

倉持:日本を代表するエクセレントカンパニーの考え方が、世界に広がった好例ですね。

安定的に不安定。制御された混沌

原田:事業の戦略を考えるとき、計画型(意図的)戦略と創発型戦略というものがありますが、アジャイル開発は創発型戦略に親和性が高いと言われています。決まったものを作るだけならウォーターフォール開発でよいのです。

アジャイル開発は、実験を繰り返して前に進めるスタイルです。実験を繰り返して失敗しながらチームは経験を積み、暗黙知を生み出していき、経験知のエッセンスである勘を働かせることができます。しかし暗黙知だけはチーム全体に理解を広げることができません。そこで暗黙知を形式知化する仕掛けを入れることによって、さらに暗黙知を深めるのに用いられるのがスクラム手法なのです。

株式会社アトラクタ CEO 原田 騎郎氏

倉持:なるほど、アジャイル開発やスクラム手法の背景が理解できました!最後に一言、お願いします。

原田:スクラム手法の考え方の根底に、Stably Unstable(安定的に不安定にしておく)という考え方があります。アジャイル開発やスクラム手法を提唱したケン・シュエイバー氏のWebサイトには、Controlled Chaos(制御された混沌)と書かれています。生物学で平衡状態にある生物とは死んだ状態であると言われています。平衡が崩れた状態こそ変化・成長に必要な状況ということです。常に変化し続けるシステム開発を期待しています。

ラック CTO 倉持 浩明

倉持:お話を聞いて驚いたのですが。。。
ラックの創業者である故三柴元会長が口々に言っていたのが「不安定な中の安定」でした。安定してしまうと成長は期待できないと。安定した会社を壊すことは経営者しかできない、と(笑)。

そういえば、三柴元会長も化学出身でした!考え方の根底が同じなのかもしれませんね!

ということで、原田様、いろいろなお話をしていただきありがとうございました!
ラックも、これからアジャイル開発の積極的な普及に取り組みますので引き続きご指導をお願いいたします。

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