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はじめての量子暗号(前編)~量子の基礎から読み解くセキュリティ

CSP開発統括部AI技術部の廣瀬です。

近年、ITの研究開発領域では量子コンピューターへの注目が急速に高まっています。2025年4月には世界最大級となる「256量子ビット」量子コンピューターが発表され、研究段階にとどまらず実用化を見据えた動きも現実味を帯びてきました。

こうした進展は、将来的に現在の暗号技術の前提を揺るがす可能性があるとも言われており、セキュリティの観点からも無視できません。その影響もあって、「量子暗号」という言葉を耳にする機会も増えていますが、量子暗号は用語だけが先行しやすく、「何が新しい?」「前提条件は何?」「何が量子?」といった本質が置き去りになりがちです。

そこで本記事では、量子暗号を理解する前提として「そもそも量子とは何か」という土台から整理します。前後編の記事で、初学者がつまずきやすいポイントを意識しながら、全体像をつかむための見取り図を作ることを目的としています。私自身も量子暗号を学び始めた段階ですが、その視点を活かし、専門用語に偏らずかみ砕いて解説します。

前編では量子の基礎を中心に、後編で量子暗号の考え方を扱い、これから学ぶ方の入口になれば幸いです。

私たちの常識と量子の常識

私たちが普段見ている世界では、「物の動きは予測できる」というのが当たり前の感覚です。

例えばボールを投げるとき、強く投げれば遠くまで飛び、上に向けて投げれば高く上がります。ボールの重さや投げる角度、速さがわかれば、どこに落ちるのかはある程度計算できます。このように「物体の情報がわかれば未来の動きも予測できる」という考え方は、古典物理と呼ばれる世界の常識です。私たちが日常生活で経験しているほとんどの現象は、この考え方で説明できます。

しかし、物質をどんどん小さくしていき、原子や電子のようなとても小さな世界を調べていくと、私たちの常識とはまったく違う振る舞いが現れてきます。この不思議な世界を説明するのが量子力学です。量子の世界では、「未来は完全には決まらない」「同時に複数の状態を持つ」といった、直感とは異なる現象が普通に起こります。これが、量子の世界の面白さでもあり、理解が難しい理由でもあります。

物体の挙動(情報)を見ればなんとなく、どこまで飛んでいくのかわかる

量子とは何か

小さな世界の最小単位

量子とは、とても簡単に言うと物理量(電荷や角運動量など)やエネルギーの最小単位のことです。例えば光は連続して存在しているように見えますが、実際には「光子」と呼ばれる小さな粒の集まりとして振る舞うことがあります。電子などの粒子も同様に、量子として扱われます。

このような非常に小さな世界では、物体は「粒」のようにも見えるし、「波」のようにも振る舞うという特徴があります。これを粒子性と波動性の両方を持つと言います。

量子の動きは確率で決まる

私たちが投げたボールは、どこに落ちるかを計算できます。しかし電子のような量子は、どこに存在するのかを正確に決めることができません。量子の世界では、「ここにいる」と断定するのではなく、「ここにいる可能性が高い」といった確率で表現します。

例えば、ある電子を観測すると、毎回少しずつ違う場所に見つかることがあります。つまり、量子の世界では「未来を完全に予測する」のではなく、「どの結果が起こりやすいか」を扱うのです。

量子の位置は確率的にしかわからない

量子の世界の不思議な常識

量子の世界には、私たちの常識では考えにくい特徴がいくつかあります。ここでは、量子の代表的な性質を紹介します。

重ね合わせ

量子の世界で最も有名な性質の1つが重ね合わせです。結論から言うとこれは、量子が「複数の状態を同時に持つ」ことができるという現象です。

例えば、隣同士でくっついている箱Aと箱Bがあり(箱AB間の壁は薄い)、箱Aにボールを入れてみます。しばらくした後、ボールはどちらの箱に入っているでしょうか?

もちろん答えは箱Aです。ボールは時間が経っても、意図的な操作がない限り箱Aにあり続けるはずです。

同様の条件で今度は箱Aに電子を入れてみます。同じように考えると、電子はAにいるはずです。ですが、電子のような量子に対しては、箱Aにいるとは限りません。箱AB間の薄い壁をすり抜け、箱Bに移動している可能性があり、箱を開けるまでは知る術がありません。すなわち、答えとしては「箱Aにいるかもしれないし、箱Bにいるかもしれない」といった答えになります。

量子を観測し続けない限りは、どこにいるのかわからない。P(量)=P(A)+P(B)という量子の重ね合わせ。

量子の世界では、観測するまでAにもBにも量子がいる状態が同時に存在していると考えられます。このように、複数の事象が同時に存在、持ち合わせている状態を「重ね合わせ」と言います。そして箱を開けて観測した瞬間に、電子はどちらか一方に決まります。このような性質が、量子の世界の大きな特徴です。

量子ビット

コンピューターでは、情報は「0」か「1」のどちらかで表されます。これをビットと言います。しかし量子の世界では、重ね合わせの性質を利用することで、「0でもあり1でもある」状態を作ることができます。この単位を量子ビット(qubit)と呼びます。

量子ビットでは、観測するまでは「0であり1でもある」状態として存在し、そして観測したときに、確率的に0か1のどちらかに必ず決まります。この仕組みを利用すると、従来のコンピューターでは難しい計算を効率よく行える可能性があるため、量子コンピューターの研究が進められています。

観測するまでは重ね合わせ。0と1を同時に併せ持つ状態ビット。

量子もつれ(エンタングルメント)

もう1つの有名な現象が量子もつれ(エンタングルメント)です。量子もつれとは、2つの量子の状態が強く結びついてしまう現象のことです。

例えば、2つの量子がもつれた状態になると、片方を観測した瞬間に、もう一方の状態も瞬時に相関(決まる)します。たとえその2つが遠く離れていても、この関係は保たれます。この現象は、私たちの直感からするととても不思議に感じられますが、実験によって確かめられている量子力学の重要な特徴の1つです。

ある量子同士が強い相関で結びついていることをエンタングルメント(量子もつれ)と言う

さいごに

ここまで見てきたように、量子の世界では次のような日常の常識とはまったく異なるルールがあります。

  • 状態が確率で決まる
  • 観測して初めて状態が確定する
  • 離れた量子が強く結びつく

量子は直感と異なるルールで動きますが、その理解は新しい技術の可能性を考える土台になります。一見すると扱いにくいこれらの性質ですが、見方を変えれば「盗み見られると必ず痕跡が残る」「情報の状態そのものが改ざん検知になる」といった、従来の暗号では実現できなかった強みを持っています。量子の振る舞いそのものが、強固なセキュリティを実現しようとしているのです。

次回の後編では、ここで整理した基礎を前提に、量子暗号の考え方を解説していきます。

プロフィール

廣瀬 勇丸

廣瀬 勇丸
AIを用いたアプリ開発を通じて、利用者の業務改善を幅広く支援しています。
メンバー同士が気軽に相談できるチームづくりを意識しつつ、初学者にもわかりやすい学びや気づきを発信したいと考えています。

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